S25 Ultraという超高性能なスマホをゲットしたものの、長年使ってきたiOSの操作性や周辺機器との連携が忘れられず、すぐにストレスを感じてしまった。
結局Androidは売り、再びiPhoneを購入。数ヶ月しか使わなかったなぁ。
Androidが悪いということではない。
歳を取ると、新しい環境に身体と頭を適応させるのに努力が必要なくらいなら、多少の損失は覚悟の上で元の環境に戻す——そんな選択に躊躇がなくなるということだと思う。
若い頃なら、何とか新しい環境に適応しようとアレコレ工夫したはずだから、これは明らかに加齢によるものです。
若者はこうして徐々に、慣習や前例に囚われたオッサンに変容していき、ついには頑固ジジイに至るのだろう。
「うるさいわい! ワシはiPhoneしか使わんのじゃ! ほっといてくれ!」
——という感じの。
どうでもいいが、人間、いつから自分のことを「ワシ」と呼ぶようになるのだろう。
方言で若いときから自分をワシという人を除き、たいていの人は僕、俺、私などを使い分けて生きているはずだ。
昔から年寄りと言えば「ワシ」というイメージを持っていたが、その年寄りの若い頃の一人称は何だったのか、不明である。
いや待て、そもそも年寄りが実際に「ワシ」と言っているのを聞いたことがあるのか?
……本当にどうでもいいな。
とにかく、ワシがまたiPhoneを使い始めたという話であった。


